美味しい餅の焼き方
おれは今、焼き餅を焼いている。比喩ではなく、そのままの意味だ。
と、いうのも、ルフィが何の前触れもなく「餅が食いてェ気分だ」などと言いだしたのだ。急遽食糧庫から切り餅を出して、正月でもないのに餅を焼くことになった。そろそろ餅を消費しようと思っていたので、ちょうどいいと言えばちょうどいいのだが。
餅は磯部。シンプルながら、カリカリに焦げた醤油が香ばしい。フライパンではなく、たまには七輪で炭火焼にするのもオツなもんだ。この後にサンマなんかを焼いてもいいかもな、と思う。
「お、今日の昼メシは餅か!」
声がしたので顔をあげてみれば、チョッパーが目を輝かせて金網を覗き込んでいた。
「ああ。船長のリクエストでな」
おれは砕けた餅の欠片をひとつ、箸でつまみ、チョッパーに突き出した。
「熱いから気を付けろよ」
チョッパーは2、3度ふーふーと息を吹きかけ、恐る恐る口に入れた。
「! ……うめー!!」
「だろ?」
いつもの濃口醤油ではなく、たまり醤油を使ってみた。はっきりとした味がするハズだ。
「昼メシが楽しみだ!」
そう言ってチョッパーはまた、何やら薬の調合に戻った。チョッパーはひとくちだけで満足してくれるので、味見させやすい。これがルフィの場合、ひとくち食わせれば「もっともっと」と要求される。下手をすればクルーの昼メシが確保できなくなるのだ。
――ところで、そのルフィのことなんだが。
甲板で醤油の匂いをさせて焼いているというのに、ルフィの奴は一向に姿を現さない。いや、現されて金網の餅を全て持っていかれても困るのだが、それでもなんだか拍子抜けだ。
とりあえず見渡す限り、姿は見えない。工房のウソップにちょっかいを出しに行ってるのか、それとも展望台でマリモと遊んでるのか。
そういえばあいつは、二年経って再会してからというもの、よくマリモと一緒にいる。ルフィがマリモに懐いているのか、マリモがルフィにべったりなのかは知らねェが、正直鬱陶しい。
マリモと来たら、普段は仏頂面なのに、ルフィといるときだけ顔を緩めやがる。話すこともことごとくルフィに便乗するし、あのマリモは何なんだ。しかも、おれには相変わらず生意気な口を叩くし。
ルフィもルフィだ。やれ魚を捕まえるから手伝えとか、やれ暇潰しに付き合えだとか、何かとつけてマリモの所へ行く。もっとも、これはおれが忙しいからとルフィを突っぱねたことも一因なのだろうが。
「……って、何考えてんだおれは!」
ついひとり突っ込みを決めると、ナミさんが怪訝そうな顔でおれを見た。
「いや、ただの独り言だから気にしないでくれ」
と取り繕おうとするが、ナミさんは口角を艶めかしく吊り上げて、
「ルフィなら男部屋で昼寝してるわよ」
と言った。
別に何もまだ言っていないんだけど、と伝える前に、ナミさんは新聞へ目をやってしまった。
気を取り直して、餅を焼くことに専念する。
そろそろいい具合になってきたので、一番いい色をした餅をひっくり返す。裏面には金網の跡がついていて、ちょうど茶色のバツ印が浮かんでいた。
ルフィの胸に刻まれている、あの大きな傷跡を彷彿とさせた。
魚人島の宴の時に、それとなくジンベエに聞いていた。ジンベエが語るに、あれは大将――現元帥の赤犬にやられた傷で、あれのせいで長いこと生死の境を彷徨ったらしい。出血が酷く、今回、つまり新魚人海賊団との戦闘で負った傷よりもはるかにマズかった。あれだけ深い傷跡だから、今もまだ時々痛むのではないか、と。
しかし、おれはルフィからそれについて一言たりとも漏らしたことを聞いていない。傷が痛むとも、そもそもどうして傷を負ったのかということも。
ルフィはおれ達に対して弱音を吐いたことはほとんどない。おれ達はみんなルフィに弱みをぶちまけて、何度も救われてるってのに不公平だ。
「……だからおれは何を考えてるんだよ!!」
今度はナミさんに悟られないように、小さく叫んだ。軽く頭を振り、焼きあがった餅を皿に上げることにする。
しかし、餅はまるでゴムのように伸びるので、おれは三度頭を抱えることとなった。
「ふわァ……。サンジ、おはよー……」
大きな欠伸をして、ルフィが寄ってきた。
「あれ、餅か。なんかめでたいことでもあったのか?」
ぼさぼさの頭を掻きながら、そう言い放った。
……こいつって奴は。おれは流石に頭にきたので、出来立てほやほやの餅をルフィの口へねじ込んだ。
「テメェが食いてェっつったんだろうがァ!!!」
「……!! ほうひえばほうだった!!(そういえばそうだった)」
熱い熱いと騒ぎながら、ルフィは餅を咀嚼した。そのうち「熱い」は「美味い」に変わって、やはり「もっとくれ」と要求をしてきた。
「自分でリクエストしといて忘れるなよ……」
「あはは、ごめんごめん」
海苔を巻いた餅は、表面のバツ印を隠している。ルフィは海苔の音をぱりぱりと立てて二つ目を頬張った。
「……お前、最近マリモとべったりだよな」
ルフィの三つ目のおかわりは阻止した後、もののついでに呟いた。
「ん? あー、そうかもな。確かによく遊ぶなァ」
ルフィはそうしてうんうんと頷いた後、
「……どうしたサンジ、寂しいのか?」
とおれの顔を覗き込んだ。
「いや、別にそんな訳じゃねェさ。ただ何となく」
ルフィは腕組みをして「ふーん」と適当な返事をする。
さて、昼メシの準備でもしようと腰をあげた時だった。
「なんだ、ヤキモチ焼いてるのかと思った」
ルフィが言った。
思いがけない言葉に、一瞬意図が理解できず、
「……いや、餅は焼いたけど」
と我ながらズレた返事をしてしまった。
ルフィが少し困惑したように、
「うん、餅は美味いよな」
と言ったので、おれも
「なんたって七輪でじっくり焼いたんだぜ」
と返してしまった。
「…………」
「…………」
気まずい沈黙が流れた。おれは視線を逸らして立ち上がり、皿を運ぼうとする。ルフィもまたよそよそしく視線を逸らした。
「……サンジが構ってくれないから、ゾロと遊んでただけだからな」
意味もなく海を眺めながらルフィがぼそりと呟いたので、
「……そうか。安心したよ」
おれもまた、無駄に青い空を仰ぎながら返した。
どちらにせよ、今日はやきもちの日だった。
***
匿名希望様
「サンルでサンジがヤキモチをやく!
でもラブ多めで!」
ラブは遠い海の彼方へ流されていきましたとさ。……お粗末様でしたっ(土下座)
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