友達と勉強会なんて、死亡フラグにしか見えない

「……こほん」
 もっともらしく、咳払いをひとつ。
「これより我々は、来たるべき期末考査に向けての勉強会を執り行う!!」
 どれみが仰々しく言い放つと、あいこ、ももこ、ハナから盛大な拍手が送られた。
「よっしゃ、前より平均点あげたる!」
「古典と現代文頑張るヨ!」
「今度こそ学年一位狙っちゃうもんねっ」
 皆は口々に口々に抱負を語り、
「頑張るぞー!!」
「おーっ!!」
 四人で円陣を組んで士気を高めた。
「みんな、お姉ちゃんのペースに惑わされないように頑張ってね〜」
 ジュースを運んできたぽっぷは、そう言い残してリビングという名の勉強部屋を去る。
「ちょっとそれ、どういう……」
 どれみは不満げに頬を膨らませるが、
「勿論!!」
 あいこも、ももこもハナも、親指を立てて決め顔をするのだった。

――遡ること、3日前のMAHO堂。
「咲いたコスモスコスモス咲いた。コスモスコスモス咲いた咲いた……」
 ひたすらに卵を割りながら、どれみは念仏のように公式を唱え続ける。
「どれみっ! なにそれ、新しい呪文?」
 ハナが話し掛けても、どれみは関せずぶつぶつ続ける。
「……どうしたの、アレ」
 どれみの奇怪な言動に、おんぷは眉をひそめる。
「ホントよ。あんなに卵を割って、どうするのかしら」
「いや、そっちじゃなくて」
 はづきのズレたコメントを適当にあしらい、おんぷはトランス状態のどれみを観察する。
「いちタンタン麺の、タンタン……」
 言葉に詰まると同時に、卵を割る手も止まる。
「……どれみ?」
 ハナが不思議そうにどれみの顔を覗き込むと、
「あ〜っ!!! もうやばいよ〜っ!! 赤点がチラついてきてるよぉ〜っ!!!!」
と頭を抱えて喚くなり、がばりとハナに泣きついた。
 美空高校の期末考査は目前。
 サッカー部の大会や小竹との一件もあり、どれみはほとんどテスト勉強をする時間が確保できなかった。そのうえ元の学力もあまりよろしくない彼女は、まさにパニック状態だったのだ。
「お願い! ちょっとでいいから! 頭のよくなる魔法……っていうか暗記上手になる魔法をかけて!! 一日分かけてもらえれば何とかなるから!!」
 どれみの死に物狂いの形相に、ハナはつい「しょうがないなぁ……」と手をかざすが、
「ハナちゃん、アカン」
「勉強は自分の力でやらないとネ」
 同じ美空高校のテストを控えている、あいことももこの干渉により未遂と終わった。
「じゃあ、じゃあどうしろっていうのさぁっ!! だってあたし、勉強しようにも全然わかんないし……」
 言いかけて、どれみははっと思いつく。
「……そうだ。あいちゃんにももちゃん。それにハナちゃん」
「なんや?」
「What?」
「どうしたの?」
 指名された三人が返事をすると、どれみはしたり顔でこう提案した。
「今週末、みんなで勉強会しようよ!」

 ここは春風邸。どれみ、あいこ、ももこ、ハナの美空高校組が一堂に会し、テーブルには参考書や授業プリントが拡げられている。
 ハナは差し入れられたジュースを啜りながら、歴史の教科書を捲っている。あいこは呼吸器系のしくみを熱心にノートにまとめていて、ももこは古典の教科書と文法書を交互に睨んでいる。
 どれみはというと、数学のワークとかれこれ5分間向かい合っている。シャープペンは固く握りしめられ、計算式は未だ書かれていない。
「…………」
 分からない。どこから分からないのか、また、どうして分からないのかも分からない。冷や汗が問題集を滲ませる。
 こんな時の為に勉強会を開いたのだ。どれみは、暗記しているとは思えないペースで資料集のページを捲るハナの肩を叩く。
「? どうしたの?」
 娘に勉強を教えてもらうという行為は複雑な所があるが、そんな小さな体裁を気にしている場合ではない。
「あのさぁ、ここ、教えてほしいんだけど……」
「ん?」
 ハナは掲げられたページを見るなり、即答した。
「2マイナスルート3だよ。かっこ2は1。その次は4ぶんのルート6マイナスルート2になるよっ」
「早っ!!」
 答えを確認すると、ハナの回答は正解だった。どれみが感動のあまり惜しみない拍手を送ると、ハナは得意げに胸をそらした。
「流石は自慢の我が娘!! ……ってそうじゃなくて!解き方はどうなるの!?」
「えー……」
 ハナは面倒そうに頭を掻いて、どれみのノートを覗き込む。
「んーっとね、『がーっ』ってやって、『だーっ』ってやるの!」
「うん、うん。……えっ」
 あまりに抽象的な説明に、どれみは呆気にとられる。
「せ、せめて、どの公式を使うかだけでも……」
 どれみは救いの手を求めるが、ハナは振り払って自分の暗記作業に戻ってしまった。
「……『がーっ』ってやって、『だーっ』って……」
 ひとまず教えられた通り、もう一度問題と向き合ってみるが、
「……『がーっ』って、ナニ?」
 当然、無謀だった。

「あいちゃーん……」
 今度は生物の勉強中のあいこの背中をつつき、助けを乞う。
「なんや、ハナちゃんに教えてもろたんやなかったん?」
「あたしにはハイレベルすぎたんだよ……」
 色々な意味で、と付け加えてどれみが嘆く。
「どれどれ……」
 あいこは問題に目を通し、それから溜め息を吐いた。
「ってこれ、どれみちゃんが散々唱えてた公式使うやつやないかい!!」
「えっ!? ……あ、ホントだ!」
 灯台下暗しとはまさにこのこと。問題との対面から10分が経過して、ようやく解き伏せることができた。
「やった! できた!」
 案外行けるんじゃないかと調子づいたまま、どれみは次のページへと進んだ。
「…………」
 しかし、その上がったモチベーションは一気に地へ落ちることとなった。
「……重ねがさね、すいません」
 どれみは再度、あいこに頭を下げて頼み込む。しかし、あいこは首を捻って
「……うーん。あたしもこれはよう分からんなぁ」
と答えた。
「ももちゃんなら、理系強化得意やし分かるかもしれへんな」
 そうして言うなり、自分の勉強に戻った。
「そっか。ももちゃんは昔から算数できたもんなぁ」
 どれみはももこを見詰める。彼女は持参した手作りクッキーをつまみつつ、教科書とノートを交互に眺めている。
「ねえ、ももちゃん」
「どれみちゃん、グッドタイミング!!」
「へっ?」
 どれみが聞くよりも早く、ももこは古典のノートを突き出す。
「あのね、ここの訳がイマイチ分からないのヨ」
「え、ええと……」
 突然の質問に面食らいつつも、ノートに書かれた文法的解釈と現代語訳に目を通す。どれみにとって文系教科は、どちらかといえばまだなんとかできる部類だった。
「……多分、そこの『なり』は『断定』じゃなくて『伝聞』で意味を取るんじゃないかな」
「Really? ……Oh! これなら意味が通るネ!」
 ももこに納得してもらえたようなので、どれみはおずおずと数学の問題集を見せようとするが、
「じゃあ、こっちはどうしてこうなるノ?」
 息をつかせる間もなく、次のクエスチョンを投げかける。
「……えっと、ここに係り結びがあるから、反語になるんだと思うよ」
「おー! どれみちゃん、頭イイ!」
 ももこが目を輝かせておだてるものだから、
「えへへ、そうかな」
 その気になったどれみは、つられるままにももこと共に古典の問題を解いていく。
「ここは?」
「ここは、うーんと……」

「範囲しゅーりょ〜……」
 どれみがほっと息をつき、ソファにもたれかかる。
「アリガト〜」
 ももこもまたすっかり肩の力を抜き、テーブルにへたり込む。
「いやー、なんかすっごく勉強しちゃったよ」
「うんうん。で、どれみちゃんは何のご用事だったノ?」
「え?」
 ももこの素朴な疑問に、どれみは一瞬きょとんとして、それからすぐに当初の目的を思い出し、青ざめる。
「……そうだ。そうだよぉっ! ももちゃんに数学の問題を聞こうと思ってたんだ!」
「なんだ。そんなことだったノ。Which?……」
 どれみがようやくその問いを解き終わると同時に、時計の針は重なり合った。こうして彼女の午前中の成果は数学の問題集2ページと古典の範囲総復習となったのだった。

「もうお昼。お腹へったぁ〜……」
 そんなこんなでくたくたになったどれみは、腹を抱えて力のない声をあげる。
「あいちゃん、ご飯にたこ焼き作ってぇ〜」
「たこ焼き? ワタシも食べたいヨ!」
 どれみの提案にももこも便乗して、ふたり合わせてあいこを仰ぐ。食べ物、特にたこ焼きに熱い女のあいこは、
「よっしゃ、任せとき!」
「おお!」
 と返事をし、ノートを閉じてテーブルをテキパキと片付け始める。
「って言いたいところやけど、たこ焼き器もタコもあらへんよ」
 しかしそれから、そう言って肩をすくめて苦笑した。
 するとどれみがすかさず返す。
「こんな時こそ魔法だよ!」
「いや、自分達の為に魔法使うたら……」
 あいこは突っ込みを入れようとしたが、どれみの視線の先には次期魔女界女王の姿があった。
「ね、ハナちゃん!」
 ハナはまだ化学式の暗記の真っ最中だったが、
「うん? うん!」
 よく分からないながらも笑顔で返事をした。

「パパは釣りに、ママは買い物に出かけてるんだったよネ?」
「うん。あたし達以外にはぽっぷしかいないから、堂々と魔法を使えるよ!」
 どれみがOKサインを出すと、ハナは雰囲気づくりなのか魔法を唱えるポーズをとる。
「ポロリン ピュアリン ハナハナ・ピ! たこ焼きセットよ、出て来い!」
 魔法の煙が舞い上がると、家庭用たこ焼き器、たこやネギ、紅ショウガ等の具材が出て来る。
「よし! じゃ、めちゃめちゃウマいたこ焼き食わせたるで!」
 浪花っ子の血が騒ぐのか、あいこは腕まくりをして気合は十分だ。
「あいちゃん、カッコイイ!」
 ももこが呟くと、
「あたしのバックからソースとダシ、あとマヨネーズ出してくれへん?」
と指示を出された。初めから作るつもりだったのか、はたまたそれらを常備しているのかは聞かないことにした。
「どれみちゃんは氷水持ってきて」
「……氷水?」
「入れるとサクサクになるんやで! はよ頼むわ」
「ラ、ラジャー!」
 ももこがスウィーツ作りに厳しいように、あいこもまたたこ焼きをはじめ料理となると指示が冴え渡る。
「ハナちゃん、山芋下ろしといて!」
「はーいっ!」
「ももちゃん、醤油貸して!」
「ハイ!」
 テキパキと生地を混ぜていけば、いよいよ大事な焼きの工程だ。
「ほんじゃ、行くで!」
 油を引いた鉄板に生地を流し込み、手際よく具材を入れていく。そして焼きあがるタイミングを見極め、くるくるとひっくり返していく。
「ほぉ〜……」
その無駄のない動きの美しさに、どれみも、ももこもハナも、感嘆の息を漏らす。
それからハケでソースを塗り、マヨネーズに鰹節、青のりをまぶす。
「おまちどおっ!」
 かくしてあいこ特製こだわりのたこ焼きが完成した。
「いただきまーすっ!!!」
 三人は熱々のたこ焼きを我先にと頬張り、
「美味しい〜っ!!」
 うっとりと目を輝かせたので、あいこは満足げに笑みをこぼした。
「あ、そうだ。あいちゃん、ご飯いる?」
 どれみは席を立ってキッチンへ向かう。
「んじゃ、貰っとこうかな」
「え。ご飯とたこ焼き一緒に食べるノ!?」
 炭水化物+炭水化物というヘビーな組み合わせに、ももこは驚きを隠せない。
「じゃあハナも貰おうかなっ!」
「ハナちゃんはやめといた方がいいと思うよ……」
 何でも興味を持つハナに、どれみはやんわりと忠告する。
「ソースとご飯の相性ってバツグンやと思うけどなぁ」
 あいこはよそわれたご飯と共に、たこ焼きを食べていく。
「でも、たこ焼きとスウィーツなら、甘いのとしょっぱいのでアリかもしれないワ」
「そ、そうかな?」
 どうやらももこも食の感覚が常人とズレているようだ。どれみは首を捻る。
 そうしているうちに、ももこはふと、とあるアイデアを思いついたようで、
「そうだ! たこ焼きの型でスウィーツって作れないかナ?」
「おお!?」
本日二回目の魔法をハナにせがむのだった。

 新しいたこ焼き器といくつかのフルーツを前に、パティシエール服姿のももこは語る。
「ベースは小麦粉。アレンジすれば美味しいスウィーツになるはずヨ」
 ももこは自身のバッグからキャラメルソースやチョコペン、アラザン等を取り出す。今日作る予定だったのか、いつでも持ち歩いているのかは突っ込まないことにした。
「具にはイチゴやバナナ。キウイなんかもありかナ」
 ももこは敷いた生地にフルーツを入れていく。あいこはひっくり返す準備が万端だ。試作はホットケーキのような生地に、フルーツを入れてキャラメルソースをかけただけのシンプルなもの。
 4人は試食をして、それから意見を交わす。
「うーん。天かすのかわりがあるといいかも知れへんな」
「ねえねえっ。砕いたクッキーなんてどうかなっ!!」
「それ、イイネ! どれみちゃん、ワタシの持ってきたクッキーを……」
「はいはーい!」

 かくして、予想外の場面から生まれたひとつのアイデア。
「キャラメルとチョコソース、どっちがいいかナ」
「どっちも用意すればいいじゃん! お好みって感じでさ」
 四人の試行錯誤により、
「もっちり感も欲しいなぁ」
「じゃあマシュマロを入れちゃえっ」
 全く新しいスウィーツが、
「ちょっと甘すぎるんじゃない?」
「生地に砂糖はいらへんかもな」
 今、春風邸で、
「もっとゴージャスにしようよっ」
「アラザンかけるヨ!」
 完成を遂げた!
「MAHO堂新メニュー! 共同開発たこ焼き型スウィーツだヨ!」
「やったー!!!」



「……お姉ちゃん達、ちゃんとやってるかな」
 気が付けば外は夕暮れ。すっかり昼寝をしてしまったぽっぷは目を擦り、階段を降りる。
「まあ、あいちゃんやももちゃんがいるからだいじょ……。……!?」
 ぽっぷはぎょっとする。皆が勉強をしているはずの部屋からは甘い香りが漂ってきていたのだ。
「ちょ、ちょっと!?」
 慌ててドアを開けると、そこにはパティシエール服姿の四人が、何やら斬新なお菓子を食べている光景が広がっていた。
「……ああっ!!」
 真っ先に我に返り、血の気が引いたのはあいこだった。鈍感などれみ、ももこ、ハナはその理由が掴めずに首を傾げる。
 ももこは能天気にも、
「ぽっぷちゃん! 今、新作のスウィーツができたんだ! 食べル?」
と聞いたが、
「……今日、なにしに来たの?」
 ぽっぷの辛辣な突っ込みにはっと気付き、「OH! NO!」と頭を抱える。
「なにしに来たって、そりゃあ、……なんだっけ?」
 どれみはすっかり当初の目的が抜け落ちているようで、ハナと一緒に笑いながら首を傾げっぱなしだ。
「きっともものスウィーツを考えに来たんだよっ!」
「そうだっけ、あいちゃんのたこ焼きお披露目会じゃないっけ?」
 あはは、と楽しげに笑い合うふたり。ぽっぷもあいこも、ももこも呆れてものを言うことができなかった。



 これが、どれみのテストが「惨澹たる結果」になった理由のお話。

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