● オールナイト偉大なる航路  ●

「よお! おれ、モンキー・D・ルフィ!」
 今晩も始まった、麦わらのルフィのオールナイト偉大なる航路。
「DJ猪の奴が風邪ひいちまって休みだからよ、代わりのDJが来てるんだ!」
 軽快な音楽が鳴り、ルフィははりきって代理を紹介する。
「その名も、ロロノア・ズロ…ゾロ!」
「いや、そこで噛むなよ!」
 代理パーソナリティ、ロロノア・ゾロの初台詞は突っ込みであった。
「じゃあ後よろしくっ!」
「よろしくって…お前のラジオじゃ」
「ゾロならできる! いけるって!」
「あのなぁ…」
「ほら! ゾロ上手に!」
「そこは船長が進めるんじゃ…」
「やれやれ!」
 ルフィのノリに流され、結局ゾロが進めることになった。
「コホン…、あー、本日オールナイト偉大なる航路のラジオパーソナリティ代理を務めるロロノア・ゾロだ」
「わー! ズロうまーい」
「黙ってろ!」
 ルフィの頭をぐいぐい押さえつけながら、ゾロはテーブルに置かれたTDの一枚を手に取る。
「じゃあ早速今日の一曲。ラジオネーム『副提督(バイスアドミラル)』さんのリクエスト、『海導』どうぞ」
スイッチを入れると、スタジオに大音量の軍歌が流れた。何とも重々しい歌詞に、その場は圧倒される。
「『今は亡き恩師に捧げます』…だとよ」
「……そっか」
 初っ端から重々しい雰囲気になってしまった。ラジオの趣旨を理解しない副提督さんに怒りを募らせつつ、ゾロは次の葉書へ移ることにした。
「…はい、次。ラジオネーム『シロップ村住民』さんから。『最近こちらでは寒い日が続きます。ルフィさんは寒い日はどう過ごされてますか?』」
「んー…そうだなァ。寒ィって気付くまで寒くねェからなー」
「それはおかしい」
「あったけーもん食ったり、あったけーもん飲んだり」
「そうだな、寒い日に呑む熱燗は極上だ」
「あとは…そうだな」
 ルフィは少し考える素振りをすると、突然ゾロにすり寄った。
「!!?」
「こうやってひっついてりゃ寒くねェな!」
 生放送中になんたる試練。ゾロは抱きつくルフィの目を凝視し、「…それは誘ってんのか?」と漏らす。
「? さあ」
「……」
 ゾロはルフィに向き直り、腰に手を回す。するとルフィはゾロの服を引っ張り、向こう側を指さす。その先には虫を見るような目をしたナミが「後にしなさい」とカンペを出していた。
 ゾロは小さく舌打ちして、次の葉書に取り掛かった。
「ラジオネーム『蛇姫』さん。『ルフィ、結婚してくれぬか?』」
「嫌だ」
「よく言った。次」
 5秒で紹介が終わったラジオネーム蛇姫さんは、その頃凪の帯の片隅で「そんなそなたも麗しい…」と呟いていたことも併せて伝えておこう。
「ラジオネーム『愛の騎士』…さん」
 ラジオネームから漂うアレさに、ゾロは顔をしかめる。
「…斬っていいかコレ」
「駄目だ、ちゃんと読め!」
 ルフィに諭され、渋々ながら続きを読み始める。
「『ルフィ、楽屋の物を勝手に食うな、オロすぞ。あとマリモはなんかムカつく』。……」
 チャキ、とゾロは無言で刀を抜く。
「あーあー! やめろって!!」
 慌ててルフィが必死になだめ、どうにか決定的な放送事故は回避できた。
「…はァ。次からはおれがやるぞ?」
「最初からそうしておけよ」
「だってゾロにやらせたかったんだもんよ、声聞きてェしな」
 満面の笑みを浮かべ、ルフィは言った。勿論その笑みは、その場にいるゾロだけに向けられたものだ。
「…………」
 既にナミは二度目の「後にしなさい」というカンペを出して待機していた。そんなに信用がないのか。とりあえずスルーすることにした。
「…まァ、それじゃ頼む」
「よーし! えー…ラジオネーム『新米海軍大佐』から。…なになに?『こんばんは! いつもルフィさんのラジオを楽しみにしています。これを聞くと仕事の疲れも吹き飛んじゃうような気がして。いつもルフィさんには励まされてばかりいます。くじけそうな時はルフィさんがおっしゃった言葉の数々を噛みしめて奮い立たせています。本当にルフィさんがいなかったら僕は生きていなかったと断言できます。ルフィさんと出会ったあの日から、白黒だった僕の毎日が七色に輝いて……』」
 長い。ナミはじれったそうに足を鳴らしている。それを見たゾロは強引に「ハイ、ありがとうございました」と切る。
「『僕もルフィさんのようにまっすぐ生きられたら……』」
「もういいから!」
 気を取り直して、次の葉書。
「えーと…ラジオネーム『死の外科医』さんから。『来いよ…おれのROOMに』…あり? なんか住所書いて…」
 ルフィが素直に『死の外科医』さんの住所を読み上げる前に、ゾロは他の葉書に手を付けた。
「ラジオネーム…って書いてねェな。……一文しか書いてねェ。『おれは何なんだ?』って……いや、知らねェよ!」
 某元海軍大将が書いた葉書を机に叩き付け、次の葉書へ移ることにする。
「…ラジオネーム『ARMS SHOP』さん。『家宝の刀をとある男に託したんだが、今そいつはどうしてるかね』。……あー……」
 何とも返答に困るお便り。気を利かせたのかどうか、ルフィが別の葉書を読みだした。
「ラジオネーム『メモ魔』さんから。『男の股と股のあいだにある棒って……』」
 ナミが鬼の形相で「×」の書かれたボードを出している。ゾロは咄嗟にルフィの口を封じ、他の葉書を読む。
「ラジオネーム『しらほし』さんから」
 本名じゃねェか、思いはしたが、口には出さなかった。
「『泣き虫はどうしたら直せるのでしょうか』…鍛えろ」
「えぇ…そんなばっさり」
「腹筋腕立てスクワット。この辺を毎日やってりゃそのうち泣かなくなるだろ」
 そんな無理難題を言われてまた泣き出すであろう姫様の顔が頭をよぎり、ルフィは苦笑した。
「うん、まァ自然に直ると思うけどな、おれは」
 適当なアドバイスをして、ふたりは次の葉書に移ることにした。
「そろそろ時間的に最後か…。ラジオネーム『水曜日』さんから。『ルフィさん達、お元気でしょうか。きっと毎日を全力で送っていることと思います。今日私がリクエストしたい曲はビンクスの酒。とても海賊らしい曲で、聞く度に冒険の日々を思い出します』…だそうだ」
「じゃあいくぞ! 今夜最後のナンバー、ビンクスの酒!」
 リズミカルな音楽が流れ始める。曲が流れている間は、しばしの休憩タイムだ。
 今日の放送はハプニングが多すぎた。緊張が解けたゾロは、椅子にどっともたれかかる。
「あはは、お疲れズロ」
「まだズロ呼びかよ! …お前はいつもこんな調子でDJやってんのか?」
「うーん、確かに今日は変なやつが多かったかなァ。でもハンコックからのはいっつも来るしなー」
「ああ、だから慣れた調子で断ったのか」
「でもゾロとやれて楽しかったー」
「そうか、おれはもうコリゴリだがな」
 そう言ってゾロはあくびをする。居眠りモードに入りそうだ。
今日出演してもらうという願いは急だった。「仕方ない」とかなんとか言いながらも引き受けてくれたゾロにルフィは深く感謝する。今にも眠ってしまいそうな彼の額に、ルフィはそっと口付けた。
「しししっ! 頑張ったゾロにご褒美だ!」
「…あのなぁ、これじゃ眠れねェだろ」
 ゾロは照れを誤魔化すように、ルフィの頭を不器用に掻いた。
「放送終わったら、お前にはお仕置きが必要だな」
「それってご褒美と同じことだろ?」
「…まぁな」
「あはは」
 陽気な音楽が流れる狭い部屋で、ふたりは軽い口付けを交わした。
――果てなし あてなし 笑い話……
「あ、曲終わった」
「じゃあ締めの言葉を……」
 マイクのスイッチに伸ばしたゾロの手が、止まった。「ON」を示す赤いランプが点いていたのだ。
「どうした? ゾロ、……!!」
 ふたりは戦慄する。ビンクスの酒を流してからのやり取りが、すべてこのマイクを通してオンエアされていたのだ。
 ドアが開く。怒りを通り越して、もはや無表情のナミがマイクの前に座り、冷酷に告げた。
「…先程は不適切な内容が多々放送されたことを心よりお詫び申し上げます。来週からこの時間は『Dr.チョッパーの健康相談室』をお送りいたします」
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