成長期には個人差があるんだから放っておいてよ!

 商品を作っている最中というのは、自然とガールズトークに花が咲く。最近読んだ小説のことだとか、今日クラスであったことだとか、そんなとりとめのない話でも盛り上がるのが女子というものだ。
「それでね、昨日観たテレビでやってたんだけどさ」
 ビーズメーカーをしゃこしゃこ動かしながら、どれみが話す。
「チクビにリップクリームを塗ると、綺麗なピンク色になるっていうんだけど……。もしホントなら、あたしもやってみようかな」
「なにそれ、すっごーい! ハナちゃんもやるやるっ!!」
 好奇心の塊のようなハナが真っ先に食いつくのを、はづきは苦笑いを浮かべて見やる。
「えー、じゃあハナちゃんのぶんもリップ買っておこうかな」
「やったー!」
 どれみはだいぶ乗り気なようで、何味のリップが効き目があるかという話をしようとするが、
「っちゅーか、そもそも見せる相手、どれみちゃんにおるん?」
「う゛っ……」
 リボンメーカーを動かすあいこが辛辣な突っ込みを入れると、どれみは顔を引きつらせる。
「……それはぁ、まあ、来たる時の為なのさ!」
「早く来るといいネ、どれみちゃんの『来たる時』」
 ももこが皮肉ともつかない返しをすると、どれみはがっくりと肩を落とす。
「……どーせ、あたしのチクビには需要ありませんよーだ……」
 いじけてビーズを弄び始めるどれみに、
「そんなに落ち込まなくても……。人間、体だけじゃないのよ?」
 と、はづきが本人なりに懸命に励ます。
「今日のフォローもよぉ分からんな」
 あいこがジト目で見やり、成り行きを眺めていると、
「ハナちゃん、どれみのおっぱいが何色でも気にしないよ?
「チクビの色がナンだー!!」
 便乗して、ハナとももこも訳の分からないフォローを入れ始めたので、どれみはますます気が滅入ってくる。「今日はなかなか作業進まれへんなぁ」などと、あいこはぼんやり考える。
「もーっ! あたしのことなんか放っておいてよぉお!」
 励ましと見せかけた巧妙な意図しない精神責めに耐えかねて、どれみは頭を抱えて声を荒げる。
「放ってなんておけないわ」
 その時、皆の背後に凛とした声が投げかけられた。
「だってどれみちゃんの乳首はリップクリームなんか塗らなくてもぷるぷるだもの」
 振り返れば、そこにはおんぷが微笑みを浮かべて立っていた。
「仕事あがりの第一声がそれかい」
 あいこは一応突っ込みを入れておく。
「おんぷちゃん、いつから来てたの?」
「どれみちゃんが胡散臭いテレビ番組の話をしだした頃よ」
 言いながら、おんぷはかつかつと階段をのぼる。
「やっぱり怪しいよネ、あの番組」
「やだ、ふたりとも。どれみちゃんは純粋なのよ」
「どれみはピュアピュアー! あはははっ!!」
 ももことはづきとハナが脱力感漂う会話を交わす傍ら、どれみは冷や汗を流しておんぷを睨む。
「そんなことよりっ! どーしておんぷちゃんがあたしのチクビの様子を知ってるのさぁ!?」
 どれみは胸を庇うように両手をクロスさせて、二、三歩後ずさりをする。
 おんぷはなんてことのないような声のトーンで、
「あら、去年どれみちゃんのおじいちゃんの家に行ったとき、みんなでお風呂に入ったじゃない?」
と返す。
「ああ、そんなこともあったなぁ……」
「なにそれーっ! ハナちゃん、それ知らないかもっ!!」
「話せば長くなるんだけどね、去年の夏休みに……」
 はづきがハナに説明を始めるので、どうにか話が逸れたとどれみは胸を撫で下ろす。しかしおんぷは強引に話をどれみの胸に持っていく。
「ただ……。どれみちゃんはもっと別の事を気にするべきじゃない?」
 おんぷはそう囁くと、おもむろにどれみの背後に回り、彼女の限りなく垂直に近い胸部に両手を添える。
「っひゃぁああ!!? なななな、いきなり何すんのさぁ!!?」
 唐突なセクハラにどれみは取り乱す。
「……やっぱり、ほとんど真っ平よ。六年生でコレは結構凄いと思うわ」
 淡々とどれみの胸部の触感を語るおんぷ。かなりの暴挙ではあったが、つい最近工藤むつみの一件があったばかりだった一同は存外冷静に成り行きを見守っていた。
「ちょちょちょっ!! 誰かおんぷちゃんを止めてよ!!」
 どれみが目に涙を浮かべて訴えるが、
「まあまあ。触られても減るもんじゃないわ」
「そもそも減るだけのものがないしネ」
 はづきとももこの返事はそれぞれこうだった。
「そういう問題なのおっ!?」
「尚更、どれみちゃんの胸を価値あるものにしなくちゃね」
 嘆くどれみに、おんぷが小悪魔スマイルを投げかけた。
「でも、どうやってどれみちゃんをグラマーにするノ?」
 ももこが首を傾げる。
「これも怪しい話なんだけど……。胸は揉むと大きくなるのよ」
 そう言うと、おんぷはどれみの胸に添えた両手をわしわしと動かし始める。
「ひ……やぁあっ!!」
 成長期の乳房を圧迫された際の独特な痛みに苛まれ、どれみは小さな叫び声を上げる。
「い……痛いよ、おんぷちゃん!! やめてよぉ!!」
 どれみは、今度はやや真剣に嫌がって見せるが、
「あら? じゃあ今度はもっと優しく揉むわ」
 おんぷはとぼけるばかりだった。
「そうじゃなくてぇ……。っひゃぁ……!!」
「ほらほら。少しは効きそうかしら?」
 おんぷが小学生の物とは思えないテクニックを披露するので、不覚にもどれみは若干の気持ちよさを感じる。
「あぁ!? や……やめ……!! ふぁ……!!」
 目がまどろんでくるどれみに、おんぷは満足げに笑みをこぼす。
「そんな一朝一夕に大きくはならないんじゃ?」
 眼鏡をくいっとあげて、はづきが詰め寄る。
「継続は力なり! 今日から毎日揉めば、卒業するくらいまでには人並みになるハズよ」
「ま…毎日やるのぉ……!!?」
 ふにゃふにゃの涙声になるどれみに、ももこが優しく語り掛ける。
「ダイジョーブ! ワタシもナイスバディになる大豆を使ったスイーツを考えるから!」
「そんなメンドクサイことしなくても、ハナちゃんが魔法でおっきくしてあげるよっ!」
「ダメよ、魔法はあくまで悩んでる人の背中を押すためにあるのよ」
「この場合、どうやってどれみちゃんの背中を押せばイイ?」
「そうね。揉まれた時に快感を感じるようにすればいいんじゃないかしら」
「それは心を操る呪文に入るかもしれないわ……」
 はづき、ももこ、ハナがそんな議論をしている間にも、おんぷはひたすらどれみの胸を弄び続ける。
「ふええぇ……」
 どれみはもはや抵抗する気も削がれ、おんぷになすがままにされている。
「うふふ。どれみちゃんったら、そんなカワイイ声だしちゃって。ね、あいちゃん」
 同意を求められたあいこは、リボンメーカーの手を止める。
「…………」
 そうして、一度深呼吸をしてから、
「どーでもいいから、あんたらいい加減に仕事せぇやーっ!!!!」
と激昂した。
「は、はいーっ!!!」
 そのあまりの迫力に、暴走気味だった乙女達は即刻持ち場に戻り、作業を再開する。
「あ、あいこがマジョリカになった……」
 取り残されたハナだけが、ぽつりとそう漏らした。
 
「助かったよー、あいちゃーん!!」
 どれみは解放された囚人のような表情を浮かべ、あいこに抱きつく。
「いやー、あいちゃんはやっぱりあたしの味方だよね!」
 あいこは魔女見習い達の中でも、スポーツマンというべきか細身な方だ。自身と同様に胸部のボリュームが少ない身として、助け舟を出してくれたのだとどれみは信じた。
「はいはい」
 あいこはそんな彼女の頭をぽんぽん撫でつつ、自分の作業を再開する。
「……ん?」
 あいこの背中に感じる奇妙な触感に、どれみははっと顔を上げる。それは固く、金属の何かだった。
「……ねえ、あいちゃん。ひょっとして……」
 どれみが恐るおそる聞くと、あいこは少し顔を赤らめて答える。
「……ああ。走る時に揺れるからっつって、最近つけ始めたんやけどな。……まあ、別に気にせんといてや!」
 どれみはあいこにすがりついたまま、崩れ落ちる。
「……どれみちゃん?」
 貧乳仲間と思っていた者の裏切り。あいこは意図せず、どれみに致命傷を与えてしまっていた。
「さっき触った時、スポーツブラすらしてなかったわ」
「MAHO堂の新商品は胸を大きくみせるアクセサリーとかどうカナ?」
「どれみ、やっぱりハナちゃんが魔法かけてあげよっか?」
 各々が言葉を投げかける。どれみは涙を流しながら、
「あたしって世界一……」
 と件の台詞を吐こうとしたのだが、
「『貧乳の美少女』……?」
 はづきの呟きに止めを刺され、ばったりと倒れた。
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