胸を躍らせ、夢をはべらせ

 雪の陰で息を殺すものがふたり。
 そのひとり、骸の男が、もうひとりのオレンジの髪の女に耳打ちをする。吹雪にかき消されそうなほど小さな声だ。
「かねてよりの私の夢、聞いてくれませんか」
 オレンジの女はタバコに手を伸ばし、止める。煙で居場所を突き止められると大変まずいからだ。
「……この体が汚れないような事なら、聞こう」
「……感謝します」
 骸は深々と頭を下げる。オレンジ女は「礼ならナミさん本人に言えよ」と小さく笑い、「……もっとも彼女に言ったら、おれ達そろって逝くことになるだろうが」と付け加えた。
「……では」
 そう切り出して、骸は口ごもる。オレンジ髪もまた、じっと彼が切り出すまで待っていた。吹雪の勢いはすさまじいもので、長い沈黙の間もじっとしてはいなかった。
 やがて、骸は小さな声で、しかしはっきりとした発音で言った。
「……ぱふぱふを、お願いします」
「……!!!」
 女は驚愕し、そして自身の耳を疑った。
「……今、なんて」
「ぱふぱふです」
 骸はためらわずに答える。
――ぱふぱふ。女性の乳房と乳房の間に顔を挟み、胸の膨らみと柔らかさを堪能すること。すなわち男の浪漫である。
 麦わらの一味の航海士、ナミほどの豊満な胸から繰り出されるぱふぱふは、至極のものであろう。骸の男――ブルックは想像だけで鼻から血を滴らせた。
「……どうでしょう、お願いできませんか?」
「うーん……」
 オレンジの女――ナミ、の体に入ったサンジは首を捻る。
「ぱふぱふは……流石にマズくねェか……?」
 のぞき10万ベリー、おさわり20万ベリーと宣言された通り、せいぜい許される範囲はそこまで。しかしぱふぱふは、その一線を越えているように感じたのだ。
 渋るサンジに、ブルックはいつになく真剣な双眸を向ける。
「……サンジさん、分かります?」
「……?」
 ブルックは息を殺すのも忘れて、声を荒げる。
「これを逃せば……アナタに女体を好き放題触れるチャンスは……!! もう巡ってこないんですよ!?」
「!!!」
「私、かれこれ長く生きてます。……でも、ぱふぱふはただの一度もしていただいたことがないんです!!」
 90年の人生から放たれる言葉は、とてつもない説得力があった。
「……そうだ。……そうだよな……!!」
 ブルックの言葉に感銘を受け、サンジはコートを脱ぎ始める。毒を食らわば皿まで。ぱふぱふするなら生乳で。
「バカげた夢はお互い様だ。……付き合おうじゃねェか、男のロマンに!!」
「どうせ後で怒られるなら……楽しい方がいい……。そうでしょう?」
 サンジは頷き、ブラのホックに手をかけたとき――

――どこからか煙幕弾が飛んできた。動揺したふたりは間もなく煙に巻かれ、眠りに落ちた。

 やがて煙が晴れた頃。
 黒カブトを携えたウソップが、倒れたふたりの元へ寄る。半分脱いでいたコートをきちんとナミの体に着せる。
「確かにぱふぱふは男のロマンだ。……勿論、おれにとっても例外じゃねェ。……でも」
 遠くから監視しているナミに手を振る。そうしてもう一度倒れたふたりを振り返り、ナミに聞こえない程の声で呟いた。
「……おれはまだ、命が惜しいな」
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