● 君の髪の毛  ●

あのクソゴムは、ひとりで髪をいじるということをしない。そもそも風呂に入るのも、週に一度やっとという有り様だ。いつも船首に座っているから、潮風によく当たるというのに。
それで傷んだ髪がぼさぼさと伸びてきても放置するものだから、見かねたナミさんやロビンちゃんがときたま散髪をすることになっていた。
「あんた、よくこんな状態で平気にしてるわね」
 ナミさんはうねりにうねったルフィの髪をつまみ、肩を竦める。
「だって、切るの面倒臭ェもん」
ルフィはぶつくさ言いながら、目の前に置かれた鏡とにらめっこをしている。
「元は悪くない黒髪なのに……。持ち主がこんなんじゃ仕方ないわ」
ナミさんはオレンジのフレグランスを2、3回吹きつけて、真っ黒い髪にブラシを分け入れる。
おれはふと、口にしているタバコの短さに気付き、吸殻入れへとしまう。(甲板に捨てると船大工がうるさいのだ)そうして新しいものを咥えて火をつけると、ウソップがからかうように話しかけてきた。
「随分イライラしてんなァ。……嫉妬してるんだろ」
おれは心情を半分見透かされた心地で、わざとらしいくらい肩を落として見せる。
「だって、おめェ。ナミさんに髪を撫でて貰えるんだぜ?あの白くて、細くて、キレーな指で……。畜生ォ!!!」
そうして地団駄を踏んでやると、ウソップはおれの肩をぽんと叩いた。
「まー……。ガキとアホの特権だよな」
そういい加減なフォローを入れて、自分の持ち場へ戻っていった。
それにしても、あんな長っ鼻に突っ込まれるほど、おれの感情は外に漏れているらしい。もう少し気を付けねばと考えつつ、紫煙をくゆらせる。
「なァナミ〜、テキトーでいいよ〜」
ルフィが足をバタバタとさせるので、ナミさんは髪留めだらけのそいつの頭を小突いた。
「4億ベリーの船長が、みっともない髪なんて笑われるわよ!」
ナミさんはハサミを取り出して、じゃきじゃきと黒い髪を落としていく。強い髪質なのか、幾度となく霧吹きを吹きかける。
「うひゃ、冷てェ!!」
「感謝しなさいよね。この整髪剤安くないんだから」
ナミさんの白い手が、ルフィの頭を掻き回す。ルフィはその度、目を細める。くすぐったそうな、もどかしそうな、それでいて気持ちよさそうな表情。
おれはきっと、苦虫を噛み潰したような顔をしているに相違ない。実際、タバコのフィルターは潰していた。
「ナミ、おれは早く遊びたいんだぞ」
「はいはい。もうちょっとで終わるわよ」
あの5分と同じ所にじっとしていないルフィを、しばらくそこに縛りつける。せわしないルフィの頭を、丁寧に撫でてやる。肉のニオイしかしないルフィに、柔らかいパフュームを浴びせてやる。
__なァウソップ、これにジェラシーを感じるなという方が酷だろう?
「……さあて」
ルフィのアホみてェな笑い声と、ナミさんの満足げな笑みを背中に、おれはキッチンへと戻る。「海王類は新鮮なうちに」という名目でオーブンにぶちこんだローストが仕上がる頃だ。きっと慣れないことをされたルフィは、腹を空かせてここに飛び込んでくることだろう。
「……我ながら、ガキみてェだな」
自嘲気味にくっくと笑って、煙と共に息を吐いた。
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