ふぉあへっど!

「か、堅い……」
 ビーズの入ったボトルの蓋との数分間の格闘は、どれみの完敗に終わった。これ以上強引に開けようとすれば中身をぶちまけ、一面ビーズの海と化してしまう結果になりそうである。というか、実際過去に一度やらかしたことがある。
 どれみが諦めてボトルをテーブルに置くと、「ハナちゃんがやる!!」と脇から手が伸びてきた。無理矢理やると危ない、という間もなく、ハナは硬いボトルを一捻り、とはやはりいかずに、「ムリ」とすぐさまテーブルに戻した。
「ワタシにも開けられなそうだヨ」
 ももこはきつく嵌った蓋をこんこんと叩き、肩を竦める。「むつみちゃんでもいれば、すぐなのにネ」
 するとハナが即座に「じゃ、魔法で!」とコンパクトを取り出したのを軽く制して、「あいちゃんなら、力がありそうよ」とはづきが提案する。
「それもそうだ。確か、糸を紡いでたよね」
 どれみはビーズのボトルを携えて立ち上がり、階下へ降りる。そうして、機織り機の傍らの糸車の前に座っている彼女に「あいちゃーん」と声を掛ける。が、返事がない。
「……あいちゃん?」
 怪訝に思い、近付いて様子を伺うと、どうやら椅子に腰かけながらこくりこくりと揺れている。
「ありゃ、寝てる」
 幸い、ペダルは踏み込んでいないため、大惨事にはなっていない。
 そういえば、あいこは今年も運動会のリレー走者に選ばれたそうで、放課後に遅くまで残って練習していると聞いていた。どれみ自身、3年生の頃にその辛さを味わった為にこのまま休ませてあげたいのもやまやまだが、ビーズを使えないと作業ができないのも確かである。
「あいちゃーん……」
 申し訳なく思いつつも、どれみはあいこの肩を軽く揺さぶる。しかし、あいこはすやすやと寝息を立てるばかりで、目を覚ます様子はない。
「んー、困ったなぁ……」
 強引に起こすのも気が引けて、どれみはくしくしと頭を掻く。かといって、ビーズの蓋を開けるくらいの為に見習い服にお着換えするのもいかがなものかと思う。どれみはひとまずビーズを床に置いて、何をするともなくあいこの額をつついてみる。
「ん、くぅ……」
「お?」
 すると、先程まで何の反応も示さなかった彼女が小さく呻き声をあげたので、どれみはもう一度おでこをつつく。
「は、ん、やめぇ……」
 あいこは悩ましげな声をあげ、体をもぞもぞさせる。これは意外なリアクションだ、とどれみはますます調子づき、あいこの額をさわさわと触る。
「くす、ぐったい……。や、め……」
 あいこがもどかしさに目を開けると、どれみが眼前に立っていたので、面食らって大きく体を揺らした。
「って、どれみちゃん! な、何しとんねん!」
「あいちゃん、やっと起き……」
 ふたりのもみ合いでガタガタと揺れていた椅子は、足元に置いていたビーズのボトルに引っかかり、バランスを崩す。その重みでボトルは砕け、中から夥しい量のビーズが床に散らばる。そうしてそのまま椅子は傾き、ふたりまとめてビーズだらけの床に倒れ込む。つまり、想像できる限り最悪の状況となった訳だ。
「……おはようさん、どれみちゃん」
 あいこは静かな怒気を言葉に込めて、覆いかぶさるどれみを見やった。
「……おはよう。そして、ごめん」


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