秋のはじめ

強い北風が吹いた。
「寒ィっ!!」
 七分袖に短パンといういつもの出で立ちのルフィは、肩を抱いてぶるぶる震える。
「まったく! おめーが『今日は冷え込むな』なんて言うから、おれまで寒くなって来たんだぞ!?」
 サンジの方を向き、理不尽ともとれる文句を垂れる。気温の変化に鈍感な船長は、先程彼に指摘されて初めて寒さを自覚したらしい。
「そういうもんかね」
 サンジは紫煙と共に溜め息を吐く。彼の服装は冬物のスーツとシャツ。おまけにネックウォーマーを首に巻いていた。
「あったかそうでずりィぞー!!」
「ずるいって……。島に降りる時に何も着なかったテメェが悪ィんだろ」
 実際、ルフィは停泊するなり、冒険のニオイを嗅ぎ取って身支度をせずに船を飛び下りたのだった。
「なあ! お前のディア……ぼ、ろ? なんか脚が熱くなる技あるだろ?」
「悪魔風脚のことか?」
「そうそれ! それであったかくしてくれよ!」
 素っ頓狂なことを言いだすルフィに、サンジは右脚をすらっと構えて返す。
「……火傷してもいいなら、一発ケリ入れてやろうか?」
「コックのクセに火加減もできねェのかよ!」
「あいにく、肉はこんがりウェルダン派なんで」
「なんだよそれー。ごエンリョさせていただきます」
 ルフィがつまらなそうに言ったので、サンジは脚を下げる。
「……お前の”ギア”ってあるだろ。あれの方が体があったまりそうじゃねェか」
 今度はサンジが聞いてみる。しかしルフィは腕を擦りながらも首を横に振る。
「ううん……。あれ、結構体力使うんだよなァ。あと、体に負担をかけるから、あんまり使うなってチョッパーに言われた」
「へェ。このままガタガタ震えてるより体に悪ィのか」
「分かんねェ。でも、やめとく」
「そうかよ」
 ルフィの味気ない答えに、サンジは不服そうに返す。
 それからふたりは特段会話もせず、船までの道を淡々と歩く。

「……寒ィ」
 思い出したように、ルフィが漏らす。
「本日2回目」
「寒ィ、寒ィ、寒ィ、寒ィ、寒ィ」
 ルフィの微々たる反抗に、サンジはきまり悪そうに煙草を噛む。
「寒ィ、寒ィ、寒ィ。……あったけェ」
 最後の言葉を口にしたとき、ルフィはサンジの腕にしがみ付き、ぴったりと身を寄せていた。
「しっしっし! 船に戻るまでずっとこうしてるからな」
 そう言ってルフィは子供っぽい笑みをこぼす。
「……お前が薄着のナミさんだったら、今頃抱きしめてキスして温めてる所だったよ」
 そう毒づきつつも、サンジもまたルフィに体重をかけてみる。
「……やっぱりテメェは子供体温だな」
「それって褒めてるのか?」
「この状況では割と褒めてる」
「ふーん。ありがとう」
 再び、強い北風が吹いた。
「さっきよりは寒くねェな」
「おれは暑いくらいだ」
 ふたりは腕を組みながら、また船へ向かい歩み始めた。
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