● feed out of Luffy's hand  ●

「あ! トラ男いいなー!」
 ルフィがずいっとローに迫る。その視線の先には、パン嫌いのローの為にと作られたおにぎりがあった。
 ローは体をやや引かせ、困惑しながらもルフィに言う。
「麦わら屋、お前の分はサンドイッチが……」
 言いかけて、止まる。見ると、ルフィの皿は既に何も置かれていない。
「いいなー、おにぎり……」
ルフィはおにぎりを凝視ながら、涎をだらだらと垂らす。
「……パン派じゃねェのか?」
「パンもいいけど米もうめェだろ? ……うん、うめェ」
 いつの間にか、ルフィはおにぎりをもぐもぐとしている。ローが慌てて自分の皿を見ると、いくつかあったハズのおにぎりは全て消えていた。
「麦わら屋……お前……」
ローはそれ以上何も言えず、呆然と立ち尽くす。
ナミはまたか、と言いたげに紅茶をすすり、ウソップは「ルフィの前でもの食う時は細心の注意を払え!」と一足遅れた忠告をする。
やがてルフィはサンジに痛烈な蹴りを入れられ、ローには再びおにぎりが給仕された。

「はァ……」
マストにもたれかかり、ローは小さく溜め息を漏らす。
「……あいつ、何なんだ……」
 体をそらし、甲板でモモの助やチョッパーと戯れる男を見やる。エニエスロビーで事件を起こし、天竜人を殴り飛ばし、あの戦争を引っ掻き回したという「麦わらのルフィ」。イカれている、ということも踏まえて同盟を組んだハズなのだが、そのイカレ具合のベクトルが想像していたものとズレていた。
「……はァ」
 頭を抱え、再び溜め息を吐く。
トラファルガー・ローは「死の外科医」。残虐で名を知れ渡させた男だ。そんな自分が、同盟相手の船長に朝食を奪われ、そのクルーからは励まされる。ローにとって、それはにわかに信じがたい出来事だった。そもそも、パン派という主張をするつもりすらなかったのだが。
本当に、作戦を遂行できるのか。ローの脳裏を、そんな不安がよぎる。麦わらのルフィの単純な戦闘力は高い。しかし、行動がいくら何でも破天荒すぎるのだ。正面からシーザーを攫おうとしたり、気分で作戦を変えだしたり、その奇行は挙げきれない。その上、やれ子供を助けたいやら、侍をゾウに送りたいやらと言い出す。全く、作戦以外の所で労力を費やさせる。
「…………!?」
 ふと、ローは気が付く。そんなルフィの無茶振りに、いちいち応えてしまっている自分に。子供を助ける義理も、侍を送る理由も、同盟にはなんら関係がない。それなのに、どうして自分は献身的に麦わらのルフィに尽くすのか。
これ以上考えないようにしよう、そう思い体を起こす。
ふいに、視タバコを吹かした金髪の男の姿が近付いてくるのが見えた。
「トラ男、だったか。……何か飲むか?」
 ちょうどサンジは女性陣への給仕が終わった所だった。
 ローは一瞬考える素振りを見せてから、口を開いた。
「……緑茶。そしておれはトラファルガー・ローだ」

 趣のある湯呑に、並々と緑茶が注がれる。
「ウチの船は紅茶の消費量の方が多いんだがな、アホのマリモは緑茶じゃねェと気が済まねェらしい」
 差し出された湯呑を、ローは黙って受け取る。
「ルフィの奴もどっちかっていうと緑茶派…いや、あいつは出せば何でも飲むな。でもナミさんは……」
「別に聞いてない」
 サンジの言葉を遮り、ローはぴしゃりと言い放つ。
「おれはおれの目的の為に同盟を結んだまでだ。お前ら麦わら屋の一味と馴れ合うつもりは、ない」
 そして淡々とした口調で言い切った。
 サンジはきょとんとした顔でそれを聞いていたが、しばらくするとくっくと笑い始めた。
「……何がおかしい」
 ローは不機嫌そうに呟く。
「……はは。いや、お前がずいぶん気ィ張ってるなと思って」
「……?」
 ローはサンジの言葉の意図が飲み込めず、怪訝な顔をする。
「そうなんだよ。ルフィにペース狂わせられるんだよなァ。わかるわかる」
 うんうん、と頷くサンジを眺めながら、ローは緑茶をすする。渋みが強く、濃厚な味だ。
「……言いたいことがあるならはっきりと言え」
「ああ。一度ルフィの言うことを聞いちまったらな、最後まで振り回されるぞ。諦めろ」
 この一味から聞く何度目の忠告だろう。
「だからおれはあくまで作戦の為に……」
「ガキ共の治療も作戦内だったのか?」
「!!!」
 ぐさりと、ローの胸に刺さる。
「ホント、あいつはわがままな奴だ。……でもいつの間にか、あのわがままを許しちまうんだよなァ……」
 サンジはタバコの煙を長く吐く。その呆れたの混じった笑みには、なんだかんだと言いつつも船長に忠実な自嘲も含まれているようだった。
「……それはっ!!」
「トラ男―!!!」
 ローの言葉を遮って、キッチンの扉は荒々しく開けられる。
「アレ! アレおれにやってくれよ! 入れ替わるやつ!!」
 ルフィがキラキラオーラを出して、ローにすがる。
「……? 何の為に」
 訝しむローに、ルフィはきっぱりと答える。
「面白そうだからだ!!」
「え…………」
 この死の外科医のオペオペの能力を、ただの遊戯に使うという発想。ローの思考回路は、遂にショート寸前に達し、立ち尽くす。その背後では、サンジが再び笑い声を漏らす。
「トラ男! だめか?」
 ルフィは期待の眼差しを、棒立ちのローへとまっすぐに向ける。
「…………」
 しばらく固まっていたローは、ゆっくりとその手をかざす。
「…………ROOM」
「おお!?」
 キッチン全体にサークルを広げ、
「……シャンブルズ」
「!!?」
 その円内のルフィとサンジの精神を入れ替えた。
「……すげェ!! ホントにおれサンジになってる!!」
 金髪で眉毛を巻いた男は、子供のようにはしゃぐ。
「お前! どうせ入れ替えるんならナミさんやロビンちゃんと……!!」
 麦わらを被った童顔男は、スケベ心を露わにしてわめく。
「『お前』じゃない。ローだ。さっき名乗っただろ」
 ローは言い捨てて、キッチンを出ていく。
「茶、うまかった」
 そう付け加えて。
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