● Do you Understand?  ●

「遊べ!」
 真夜中に揺り起こされたので何かと思えば、いきなり麦わら屋にそう告げられた。おれは睡眠時間を確保したかった為にそれを断ろうと思ったのだが、
「なァ! 遊ぼう!」
  まだ起きているらしい黒脚屋達に構ってもらえばいい、というおれの提案はあっさり却下された。理由としては、
「おれはトラ男と遊びたいんだよ」
とのことだった。つくづくおれに、麦わら屋の思考回路は読み取れない。
 強引な押しを避けきれず、こうしておれは麦わら屋の遊びに付き合うことになった。

 遊ぶ、とは言ってもこんな時間だ。あまり騒がしく活動的なものはできない。そう言うと、麦わら屋はこう切り出した。
「じゃあしりとりにしよう!」
「……分かった」
「おれからな。『肉』!」
「クロロホルム」
「む……。『麦わら帽子』」
「シリカゲル」
「る……。るぅ〜……。……『ルフィ』」
「フィジカルリスク」
「……うん。やめにしよう」
たった一分で終結した。

「うーん、何して遊ぶ?」
「お前が言い出したんだろう。しりとり以外に考えてなかったのか?」
「うん!」
「…………」
 行き当たりばったりにも限度がある。もしこいつに作戦のプランニングを任せていたら、四皇の首など絶対に取れないだろう。
「あはは。どうしよう」
「……お互いにもう寝るって選択肢はねェのか」
「ねェ!!」
 何も考えていないだろうに、きっぱりと言い切る。
「おれはお前に構ってほしいんだよ!!」
 19歳というのは、こんなに子供だったろうか。少なくともおれがその年の頃は、こんな理不尽なわがままなど言わなかったと思う。
「じゃあ何か話そう!」
「何かって何だ」
「なんとな〜く、色々だ!」
 アバウトすぎる、とは感じた。しかし、これはある意味ではチャンスかもしれない。
 おれは同盟を組んでおきながら、麦わら屋の素性をよく把握していない。こうして麦わら屋と直接話すことで、これからの扱い方のヒントが掴めるだろう。
「……まァ、いい」
「おお! ほんじゃ何から話そうかなァ……」
 麦わら屋は声を弾ませて、言葉を紡ぎ始めた。

「そんでな、デケェクジラがなァ、船のマストを折ったんだよ」
「……それで、」
「だから殴った。そしたらみんな食われて、あとクジラには扉がついてた」
「……ん?」
「そのクジラはな、“赤い土の大陸”に体当たりしてたんだよ!!」
「……??」
 麦わら屋の話すことは、抽象的で、飛び飛びで、主語が抜けやすい。だから、まともに本筋を理解することは困難だ。
「そのクジラを殺そうとしてたのが王女で、おれの仲間なんだ」
「……それはニコ屋か?」
「ううん。ロビンは敵」
「……おう」
 ますます、麦わら屋のことが分からなくなっているのは薄々感付いている。麦わら屋の一味は、よくこんな男と平気な顔で会話ができるものだと感心する。
「だからな、クロコダイルをぶっ飛ばしたんだよ!」
「七武海を?」
「そうだ! まったく、酷い奴だよなァ」
 掴めたことがあるとすれば、厄介ごとに首を突っ込みたがる性格だということだろう。たかが仲間の一人の為に七武海を敵にしたという話を聞き、おれは呆れを隠せなかった。
振り返ってみれば、パンクハザードでも薬漬けのガキのことを任された。そしてこのままでは、あの侍と能力者のガキの世話までしかねない。ドレスローザ上陸前に、釘を刺しておかないといけない。

麦わら屋はただの考え無しの馬鹿なのか、もしくは考えていることを少しも出さないミステリアスなのか。おそらくは前者だろう。
 しかし、おれの中で、それだけで結論付けることは腑に落ちない。
 そんなおれの胸中も知らずに、麦わら屋は語る。
「せっかくだから、トラ男もなんか話せよ!」
「じゃあ、ドレスローザに行く上での注意事項でも……」
 麦わら屋が露骨に嫌そうな顔をしたので、おれは途中でやめた。
「そうだなー、トラ男になんか聞いてもいいか?」
 普通、海賊団同士の同盟というものは、こんなに込み入った会話をするのだろうか。比較例が咄嗟に思い浮かばないが、少しズレている気がする。
 しかし、腹を割って話してこそ、裏切りはできなくなるのかもしれない。麦わら屋の話は(一方的、かつ理解しにくい)聞いていたので、その分おれも話すのが順当だろう。
「……答えられる範囲でなら、構わねェ」
「よーし!」
 こういう状況におれは不慣れだ。プロフィール程度を聞いてくるのか、それともおれの過去を暴こうとするのか、出方が分からなかった。
 麦わら屋は少し考えてから、こう口にした。
「なんでパンが嫌いなんだ?」
 全く思いもよらない質問に、おれは面食らった。おれが答えたところで、麦わら屋は何も得をしないし、損もしない。非常に意味のない問いだ。
「おやつのサンドイッチ、食わなかったろ。多分明日の朝もパンになるからよ。理由を言わないと困るぞ?」
「…………」
 おれは「なぜパンが嫌いか」という質問に向き合う。
「……食感とか」
「おお?」
「……パサパサしてるだろ」
「うーん」
 自分で答えてみて何だが、果てしなくどうでもいい。納得してもらえたのかと麦わら屋の顔を見ると、
「……そっかー。よく分かんねェな!」
とのことだった。

「眠くなってきたなァ。そろそろ寝ようかな……」
 そう言って、麦わら屋は目を擦る。しかしおれはもともと眠りが浅く、寝つきが悪いのもあってか、すっかり覚醒してしまった。
「おれは目が冴えた」
「そりゃ大変だな」
 散々人を付き合わせておきながら、麦わら屋はこの一言で片付ける。
「てめェ……」
 どこまでも、自由で掴みどころのない男だ。
「ほんじゃあな!」
 麦わら屋はおれに背を向けて、部屋へと歩き出す。
 おれはその背中に言葉を投げかけた、
「その前に……今度は、おれが質問していいか」
 麦わら屋は振り返り、きょとんとしてから
「おう! 何でも来い!」
と、ドンと胸を張った。
「…………」
おれは少し躊躇って、それから改めて口を開く。
「麦わら屋」
「何だ?」
 おれは手を伸ばして、その一点を指差した。
「……そこは」
 麦わら屋は自身の胸に刻まれた傷に手をあて、それから笑う。
「これか? ……ああ、そういやお前に治してもらったんだったな。あの時は助かったよ!」
 おれは二年前を思い返す。胸を抉られ、酷く出血し、屍のように虚ろな目をしていた麦わら屋の事を。
「もう痛まねェのか」
「うん。全然平気だ! ……たまーに、嫌なことを思い出すと痛くなるけどなァ」
 麦わら屋はあくまでも声のトーンを落とさずに喋る。月明かりの逆光のせいで、その表情は確認できなかった。
 おれが麦わら屋を掴めない一番の理由は、二年前のあの時との印象の差にあるのだ。
 重く目を閉じて、死んだように眠る姿。白い包帯を赤黒く染めて、獣のように喚き叫ぶ姿。
 それが今の、能天気で考え無しの麦わら屋とはあまりにもかけ離れていた。
「……麦わら屋」
「なんだ、二個めの質問か? ずるいぞ!」
 シリアスなムードを茶化すように、麦わら屋が笑う。いや、本当に笑っているのかは分からない。
「お前は“どっち”が本性なんだ」
 この世の全てを肯定し、何もかもを包み込むような笑顔を振りまく麦わら屋。
 この世の全てを否定し、何もかもを破壊するような狂気に満ちた麦わら屋。
「……ううん」
 麦わら屋は首を捻って、額に指を当てて、それから言った。
「……よく分かんねェけど、おれはおれだぞ!」
 それは抽象的ながらも、はっきりとした言葉だった。
「そうだ、おれはおれだ。何のことを言ってるかは知らねェけど、多分どっちもおれだ」
それは、強引ながらもおれを納得させる力を持っていた。
「……なるほど」
おれはそう呟いて、小さく笑った。

「ししし。トラ男はやっぱり不思議な奴だな!!」
 麦わら屋がそう言って、今度は本当に笑う。
「……不思議?」
 不思議の塊のような男にそう言われ、おれは一瞬反応に遅れる。
「なんかいっつも難しそうな顔をして、難しそうなことばっかり言うからなァ」

「だからおれは、トラ男と話したかったんだ!」
 どうやら麦わら屋の方も、おれを理解しようと試みていたらしい。そういう意味では、心が通っているのかもしれない。
「……おれからすれば、麦わら屋の方が不可解でならねェ」
「そうか?」
「ああ。分からねェことだらけだ」
「……そっか。まァ、これから分かればいいよな! 友達だし!」
「……同盟だ」
「似たようなもんだろ?」
「…………」
 意思疎通がしっかりできるようになるのは、間違いなく時間を要するだろう。



 後日知った事だが、麦わら屋の一味ですら麦わら屋のことは把握できていないらしい。おれはあの男とうまく同盟をやっていけるのか、一抹の不安を感じた。
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