旗はかがやく愛の旗

 その日は母さんの「ニート、ハガキが来てるわよ」という言葉で起こされた。時刻はまだ朝の10時を過ぎたあたりだというのに、他のニート達の姿は見えなかった。お兄ちゃんを置いてどこかに行ってしまうような罰当たりな奴らに腹が立ったから、多分みんな死んだということにしておこう。
「今どきハガキぃ? このカリスマレジェンドに何の用?」
 母さんはおれにハガキを手渡すと、用事が済んだとばかりにさっさと部屋を出て行った。主婦はニートと違っていつでも忙しそうにしている。生まれ変わっても主婦にはなりたくないな、と思う。なるならヒモか玉の輿か社長令嬢がいいなぁ。
 そんなことをぼんやり考えながら、みみずののたくったような字で書かれた宛名を見やる。どうにか「まつのおそまつさま」と読めるそれは、ハタ坊によって書かれたことを物語っていた。
「えっと、なになに? 『あそ、び、に、きてほしい、ジョー』。 ……な〜んだ、遊びの誘いかぁ」
 てっきり友達のおれに競馬場への永住権でもくれる気にでもなったのかと思ったのに。おれはふぁ、とあくびをしてハガキをその辺に投げ出す。
 わざわざあのクソデカいビルに行って、気詰まりのするような部屋に通されて、訳の分からなくて怖い執事たちに囲まれて、正体不明の肉を振る舞われるのはごめんだ。
 今日は特にこれからやることもないし、まだ眠いし、二度寝でもするかと敷きっぱなしの布団に横たわる。億万長者になる夢でも見られればいいけれど。
「……待てよ」
 胸元まで布団を掛けたとき、ふと、ある考えが頭をよぎる。
――ハタ坊の遊び相手になれば、いい具合に金をせびれるんじゃねぇ?
 そうだ。今日は常識人の皮を被ったライジングシコースキーに制されることもない。
 ハタ坊が心行くまで遊びに付き合って、それでほんの厚意の「チップ」を受け取るだけだ。なあに、悪いことはしていないさ。
「きっと、しばらくパチンコの軍資金に困らねぇだろうなぁ〜」
 思い立ったがなんとやら。おれはすぐにスーツ姿に着替えて、ぼさぼさの髪をきちんと整えて、フラッグコーポレーションのビルへ向かった。



 ……という軽率な行動に至った自分を、今は全力で呪っている真っ最中である。
 無駄に高い天井にビカビカと光るシャンデリアが吊られている。その壁は以前ケツに旗を刺された時の部屋のような赤黒くて不気味な色をしている。部屋にはおれとハタ坊しかいないけれど、監視カメラがそこらじゅうにあることから、ハタ坊に危害が及べばすぐに使用人が駆けつけられるようになっているのだろう。そんなことしなくても、おれは何にも抵抗できないってのに。
 なんでかって?
 今おれは、ブリーフ一丁の姿で手足を錠に繋がれて、キングサイズのベッドに横たわっているから。
――「遊びに来て」って、そういう意味かよ!!?

「さあ、ハタ坊と遊ぶジョ」
 顔を上げればハタ坊が、あのいつもと変わらない、つまりあの何を考えているのかさっぱり分からない顔でおれを見下ろしている。
 その股間には、ハタ坊の小さな体躯には相応しくない、相当に立派なモノがぶら下がっている。なるほど、チョロシコスキーがアフリカ人のモノと間違えるのも納得の重量感である。
 こんな状況で何をして「遊ぶ」かなんて、一目瞭然である。
 おれは自分自身の清い操を守るべく、どうにか無理矢理笑顔を作ってハタ坊に語りかける。
「な、なあ、ハタ坊。こんなことより他の遊びしよーぜ!」
「他の遊び?」
 ハタ坊は無表情のままじっとおれを見つめてくるので、つい「ひっ」と息を漏らしてしまうが、どうにかこう続ける。
「例えば、ポーカーとか、花札とかさ……。そ、そうそう! おれ、麻雀得意なんだよ! 麻雀だったらハタ坊を飽きさせないぜ!」
「それ、楽しいジョ?」
 ハタ坊が小首を傾げる。興味を持った、と捉えていいものなのだろうか。
「楽しいよ! すっげー楽しい! なんならルールも教えるからさ!」
 だからこの拘束取ってくれない、とおれが言う前に、ハタ坊が満面の笑みを浮かべた。
「分かったジョ!」
 助かった。どうにかおれの新品は守り切ったと安堵の息を吐くと、ハタ坊は笑顔のまま、アフリカ人級のソレをおれの目の前に突き出した。
「今度一緒に麻雀やるジョ! ……でも今はこっちで遊びたいジョ〜!」
 ハタ坊のモノは男のおれからすれば羨ましいほど立派に反り立っていたが、よりにもよってどうしておれを見ながらおったてられるのだろう。
「……マジで?」
 おれの頬を一筋の涙がつたうのも、無理はなかった。

 こんな大きさのモノを咥えさせられたら顎が外れてしまうんじゃないか、と一応言ってみたにも関わらず、ハタ坊のモノは強引におれの口にねじ込まれた。ケツに旗を刺された時といい、やるとなったら抵抗の声を一切聞き入れないハタ坊が心底恐ろしい。
「う。ぐ、え゛……」
 なんて言うんだったかな、こういうの。ディープスロート?
 ハタ坊にがっちりと頭を抑えられ、ねじ込まれたソレはおれの喉の奥までぎゅうぎゅうに満たしている。
「あ、ぐ……。……!」
 やばい、苦しい。
 強烈な吐き気に襲われるが、この姿勢じゃ無抵抗にソレを受け入れることしかできない。噛んでやろうにも顎に力が込められないし、仮にできたとしても、ミスターフラッグの男根に傷を付けたとなると間違いなくおれは殺されるので実行に移す訳にはいかない。
 ハタ坊はおれのうめきにも介せず、思うままに腰を打ち付ける。
「っ……う゛ぅ……」
 舌が火傷しそうなほど熱を帯びたソレからは、先走りが溢れてきている。モノの大きさに先走りの量も比例するものなのか、だらだらと分泌される液が口に含み切れず、口の端からぽたぽたと零れ落ちた。
だめ、くるしい、しんじゃう。
「――出すジョ」
 え、という声すら上げられる訳もなく、おれの頭はひときわ強い力で固定される。一瞬、ハタ坊の体がぶるりと震え、青臭い汁がおれの口内を満たす。
「――〜〜っ!」
 未だに引き抜かれずに口の中を圧迫し続ける巨根のせいで、吐き出すことは叶わない。おれは熱くて苦くて気持ち悪い液体をすべて飲むことを余儀なくされた。
 ごくん、ごくん、と喉を鳴らして、それ以上精液が口内に残ってないことをハタ坊が確認しきったところで、ようやくソレはおれの口から抜かれた。
「……っ! げほ、えほっ!」
 肩で息をしながら、げほげほと激しく咳き込む。胃の中のものをすべて掻き出してしまいたかったけれど、先ほどまでロクに息ができなかったせいで吐く力すら入らなかった。
「あ〜、すっきりしたジョ〜」
 ハタ坊は恍惚とした表情で、うっとりとおれを眺める。涙と鼻水と精液とその他もろもろでぐしょぐしょになっているであろうおれの顔なんかを見て何が楽しいのだろう。おれはえも言われぬ恐怖に身震いする。
「……は、あ」
 どうにか息が整ったところで、深呼吸。ああ、頭ががんがんと痛む。
「……ハタ坊、楽しかったか?」
 皮肉をたっぷり込めておれがそう聞くと、ハタ坊は一体何歳なのかと疑いたくなるほど無邪気で子供らしい声で答える。
「うん! とっても、と〜っても楽しかったジョ!」
「はは、そうか……」
 力なく笑ってみせたが、もうおれは肉体的にも精神的にも限界だった。
―― 一刻も早く、家に帰りたい。帰らせてくれ。
 しかしそんなおれの想いを打ち砕くように、ハタ坊の小脇にはいつの間にやらローションだとかバイブだとかローターだとか、その他色々、童貞のおれにとってはAVの世界でしか見たことのないような器具が一式置かれていた。
 それでこれから一体ナニをするつもりなのか。なんて、聞ける訳もなく。
「心配しなくてもいいジョ! デカパン博士に『気持ちいい薬』を作ってもらったんだジョ!」
 そう笑って、ハタ坊は先端に日章旗のついた大きな注射器を掲げた。それ、間違いなく気持ちよくなる前に、死ぬほどの激痛が走るよね。
 おれは矜持だとか外聞だとかそんなものを捨てて、みっともなく泣いた。手足が拘束されているからすがることはできなかったけれど、とにかく声を上げて泣いた。
「なあ、ハタ坊! やめてくれって、お願いだから……。おれ達、友達だろ……?」
 ハタ坊ははじめ、屈託のない笑顔を浮かべて、それからすぐに真顔になり、平時からは想像もつかないような声のトーンで、こう言うのだった。
「今日からは、友達以上の関係になるんだジョ」
「ちょ、ま、やめっ……

――――あ゛あ゛ぁ〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!!」
 フラッグコーポレーションの超高層ビルに、無様なおれの叫び声が響き渡った。



 『気持ちいい薬』のせいで熱を帯びたおれの体は、何度イッても何度吐精しても火照りが収まらなかった。
 ローションとハタ坊の汁でぐっちょんぐっちょんになったおれのケツの穴は、ハタ坊の巨根を抵抗なく飲み込むようになってしまっていた。
 それにしてもハタ坊もハタ坊で絶倫だ。何か薬を使っているのか、はたまたこれもミスターフラッグの股間のフラッグの偉大さが成せる技なのか。
「うあ゛っ! ああ゛っ……!」
「知ってるジョ、ここが一番気持ちいいんだジョ?」
 ぱんぱんに膨れたソレで、ゼンリツセン?っていうところをぐりぐりとされると、あえなくおれは快感で体を揺らしてしまう。
「やだ、あっ! そこは、だめ、だって……!」
「でも体は『いい』って言ってるジョ〜」
 一体どこでそんな汁男優のような物言いを覚えたのだろう。そういえばおれが行きつけのDVDショップでカノジョ漁りをしていると、時々ハタ坊の姿を見ていたような。
 朦朧とした頭でそんなことを考えていると、ハタ坊が腰を一層強く打ち付けてきた。
「っひぃっ!?」
「今、ラクにしてやるジョ」
 本日何度目だろう。もう数えるのはやめてしまった。ハタ坊の熱い精液がどくどくとおれの中に注がれる。
「〜〜〜〜っ!!!」
 ハタ坊がイくのとほぼ同時に、おれもまた絶頂を迎える。精子はもう出なかったが、これがいわゆる「メスイキ」というやつなのか、おれの子種が切れてしまったせいなのかは分からない。
 ただひとつ言えることがあるならば、――しんどい。死んでしまいそうだ。
「……はっ。はぁ……」
 おれが荒い息をしながら薄目でハタ坊を見やると、流石にハタ坊のフラッグは萎れていた。はは、そうだよな。これでそろそろ「遊び」の気は済んだろうか。
 しかし当のハタ坊は、何やらグロテスクな形をした大人のオモチャを手に取り、しばらくまじまじと眺めていたと思うと、くるりとおれに向き合って笑いかけてきた。
「今度は、これを使って遊ぶジョ!」
 息が止まるかと思った。



 結局、ハタ坊から解放されたのは夕暮れ時になってから。
 思い出したくもない悪夢のプレイが終わり腰が立たなくなったおれは、フラッグコーポレーションの社員に車で送られて、どうにか家路についた。
「ただいま」
 と我ながら弱々しい声で呟いて、そのままおぼつかない足取りで二階に上がり、スーツ姿のまま布団に倒れ込んだ。
 弟達が「今日の夕飯はハムカツだけど、兄さんのぶんも食べていい?」だとか「っていうか今車に送られてこなかった? 一体どこで何してたの?」だとか「おそ松兄さん、すっげー色んなニオイした! やばい!」だとか喚いていたが、そんなのにいちいち返事をする気力は今のおれにあるはずもなく。
 ただ、疲労でうつらうつらとする頭で、ふと気がついてしまった。
「そういえばおれ、結局お金貰ってない」
 損したなぁ、新品卒業損だ。
 でももう二度とひとりでハタ坊のところになって行きたくないなぁ。
 そんなことをぼんやり考えながら、気絶するように眠りについた。
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